70周年記念誌
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073「人間を考える」。映画はそこから生まれる。4歳のときに父と初めて映画館で観たイギリス映画「赤い靴」は、幼い私にとって衝撃でした。映画の世界の美しさ、恋とバレエに悩む主人公の自死。とくに「死」については頭から離れず、幼いながらにそれから深く考えるようになりました。その後、6歳のときに私に悲しい出来事が起こり、そのことをきっかけに自身の「死」をも考えるように。明日は遠足があるから、バレエの練習があるから、ピアノのレッスンがあるからと、小さな約束を手がかりに毎日を生き繋ぐ中、大きな楽しみが“映画を観ること”でした。週に一度、バレエのレッスン後に教室の地下にあった名画座に行くと、そのときだけは映画の世界の住人になり、何もかも忘れられる。そんな日々を重ねて生き続けられた私は、自分がそうであったように「人に“生きることを選択してもらえる映画”をつくりたい」と映画監督になる夢を見つけました。高校は、全校生徒が毎年6ヶ月かけて文化祭で演劇をつくりあげるという学校へ進学。小道具をつくったり、演じる側になったり、念願の脚本・演出にも挑戦しました。物語を紡ぐことへのエネルギーは、勉強への熱量とはまったく比べ物にならないくらい! 夢はますます強くなりました。そんな体験もあって、映画監督への  

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