Short Story -嘘のような本当の話-
【K.N.】
テーマ:おばあさんの話
おばあちゃんの秘密
「おばあちゃーん。」
夏休みのある日、私は縁側におばあちゃんを呼びに出た。
パクッ!
おばあちゃんは、縁側でトマトの一切れを勢いよく口の中に入れた。
礼儀に対して人一倍厳しいおばあちゃんが、縁側でトマトのつまみ食いをするシーンを見て私は驚いた。その上、私が縁側に来た瞬間急いで食べたことを不思議に思った。
どうしてもそのシーンが頭から離れなかった私は、その夜母に話してみることにした。
私:「お母さん。おばあちゃんが今日縁側でトマト食べててんけど。」
母:「トマト?!またなんで?」
私:「分からんけど、私が縁側におばあちゃんの事呼びに行ったら勢いよく食べよった。」
母:「へ~!」
私:「おばあちゃん絶対つまみ食いとかせんのに、めっちゃびっくりしたわ。」
母:「ふふっ。それ、トマトと違うと思うわ。」
私:「え??何なん?」
母:「・・・・・・・・・・・入れ歯やな!」
私:「え~~~~~~~、おばあちゃん入れ歯してたん!!」
母:「そんな驚かんでも。」
私:「いや。初めて知った。」
思わぬことがきっかけで、私はおばあちゃんの秘密を知ることとなった。それと共に、おばあちゃんが年を重ねているということを感じた。
おばあちゃんが亡くなって、10年目。ふと思い出すおばあちゃんとの思い出。私にとって、一番強い印象を持ったのがこのエピソードだった。
完
<難波江からのコメント>
また「おばあさん」ネタです。もしやと思って受講生全員の書きものを調べてみたら、なんと17名中7名がこのネタ。「ウソのような本当の話」です。(笑)どうやら学生たちにとって、おばあさんは、「日本昔話」を見るまでもなく、現実の非現実、非現実の現実のような存在らしいのです。おばあさんだって娘さんだったころはあるわけですし、あなたたちだっておばあさんになるわけですけれど、みんなにはどちらも「ウソのような本当の話?」かもしれませんね。
他の修了作品でもコメントしたことですが、この話の課題も、どうやってキーワードを出すか、どうやってキーワードを出すのをギリギリまで遅らせるか、という点です。簡単に言えば、「入れ歯」の出し方(!)です。その観点から全文の流れを見直してみると・・・冒頭の三行は、少し修正すると、もっとよい導入部になりそうです。
「おばあちゃーん。」
夏休みのある日、私は縁側におばあちゃんを呼びに出た。
パクッ!
そう、二行目の説明(「夏休みのある日、私は縁側におばあちゃんを呼びに出た。」)は、そのあとの文章にも、お母さんとの対話にも書かれていることなので、削りましょう。
「おばあちゃーん」
パクッ!
このように二行目を削っただけで、おばあさんが「私が縁側に来た瞬間急いで[トマトを]食べたこと」は、はっきりわかります。それどころか、読者があとの部分を読むにつれて、この二行が「修辞的残像」(外山滋比古)として働いて、原文より強いインパクトを生み出すことになります。
この最初の三行に続く箇所にも、余分なものが盛りこまれています。
おばあちゃんは、縁側でトマトの一切れを勢いよく口の中に入れた。
礼儀に対して人一倍厳しいおばあちゃんが、縁側でトマトのつまみ食いをするシーンを見て私は驚いた。その上、私が縁側に来た瞬間急いで食べたことを不思議に思った。
見てのとおり、このわずか数行の中に「縁側」という言葉が3回も使われています。二回目の「縁側で」を削り、ついでに「私は驚いた」の「私は」も。さらに「その上、私が縁側に来た瞬間急いで食べたことを不思議に思った。」は全文削除。このことも、お母さんとの対話に出てくるので、ここで書いてしまうと内容が重複しますし、それよりなにより、ネタバレの危険が高くなります。
ネタバレと言えば、事実とは異なるのでしょうが、これは「話」なので、お母さんの「・・・・・・・・・・・入れ歯やな!」の「入れ歯やな!」さえ削ってもよいと思います。そうすると、あなたの「え~~~~~~~、おばあちゃん入れ歯してたん!!」がもっと冴えます。それと同時に、お母さんは、あなたに事の真相を気づかせたわけですから、無言にして、すでにそのことを直感していた、とわかる仕組になります。あるいは、もしかすれば、お母さんはジェスチャーで口元を「もぐもぐ」とやってみせたのかもしれません。作者が「入れ歯やな!」を削ることによって、読者は「・・・・・・・・・・・」の沈黙にそんな空想を思い浮かべる自由さえ与えられることになります。
もうひとつアドバイスとして言えば、お母さんとの対話は、「え~~~~~~~、おばあちゃん入れ歯してたん!!」で打ち切りにすること。対話が終わってからの四行も、残すにしても、もっと文章を刈りこんで整理すること。目のつけどころはよかったので、創意工夫をするとよいでしょう。
<内田からのコメント>
ウチダからもひとこと:
いや~、難波江先生から懇切な文章指導がありましたので、私からは付け加えることはありません。
それにしても「おばあさんネタ」にはよいものが多いですね。僕はNational Story Project Japan という「ショートストーリーを集めるプロジェクト」の編者をしているので、これまでに500本ほどのショートストーリーを読んできましたけれど、その中では圧倒的に「おばあさんの話」にすぐれたものが多かったです。
「ペットの話」とかいうのは、どれもまあハートウォーミングな「ちょっといい話」ばかりなんですけれど、「おばあさんの話」って、どれも、なんだかね、すごくシュールなんですよ。笑える話も、怖い話も、どれもなんとなく不条理で。たぶん難波江先生も書いているように、おばあさんていう存在自体が、何かトリックスターめいた存在だからなんでしょうね。
「おばあさん」が出てくるいちばん怖い話はロバート・アルドリッチ監督の『何がジェーンに起こったか』 What ever happened to Baby Janeです(ぜひご覧ください)。漫画では山岸涼子の『天人唐草』です(あまりに怖い話なので、ユーミンがこれにインスパイアされてMiss Lonely という曲を書いて供養したくらいに、怖いのです)。
あと、ソ連映画『妖婆死棺の呪い』もヴィジュアルがめちゃ怖いらしいです(未見)。それにしてもタイトルが凄いですね。