「修了作品」

【N.M.】

 高校3年生の11月、夜、塾の帰り、私は交通事故に遭った。私は塾が終わり、両親に迎えに来てもらい車で帰っていた。父が運転し、母が助手席に、私と妹は後部座席にいた。いつも通り、何気ない会話を家族でしながら高速道路を走っていた。すると突然、反対車線から車が分離帯を乗り越え私たちの車にぶつかってきたのだ。

 右の助手席にいた母が最初目にしたのは、高速道路の分離帯の壁を、車がひっくり返った虫のように、お腹をだしてよじ登っているような光景だった。そしてその車が、真上に向かって宙を飛び、反対車線から父の車のボンネットに頭から落ちてきた瞬間だった。次に、フロントガラス全面に一瞬にしてヒビが入ったのを見た母はいつ意識がなくなるかと目をつぶったそうだ。落ちてきた音と、ガラスにヒビが入った音だけが鮮明に聞こえていた。事故の瞬間の最初から最後まで意識があった母は、異臭の中、父に声をかけ、父の無事を確認した。同時に父も母の無事を確認した。

 私が覚えているのは、普通に話していて、無意識の中で突然頭の中が真っ暗になり、強い衝撃を体が感じたことである。なんとも言えない大きな、何かが潰れるような音も聞こえた。ふと意識が戻り、目を開けてみると、車の中は白い煙でいっぱいで、異臭がしていた。その異臭は、父と母の席でエアバックが潰れたせいだった。気がつくと自分の手とあごが震えており、私は最初、何が起こったのかも、状況の理解もできなかった。私はすぐに隣にいる妹に声をかけ、妹が大丈夫なことを確認した。妹は顔を強く打ち、歯を折り、痛い痛いと泣いていた。すると父と母が話す声が聞こえ、母は後ろを振り返り、私たちの無事を確認した。私たちは唇を噛み、口から出血していたので、その血を拭くように母はティッシュを渡してくれた。あまりにひどい異臭のため、左後部座席に座っていた妹はドアを開け、車の外に出ようとした。父は、即座に「出るな!」と叫んだ。父の車の左側には、後方からどんどん車が走ってきていた。父と母は同時に警察に電話をかけ始めた。私と妹だけでなく、母も体中が震えていたようだ。携帯電話で110番を押すのに、3回もかかった。早く押さなければならない時に限って、人はなかなかできない。この話のおかしなところは警察の方々の対応だ。

 母は、「今事故に遭いました。高速道路の反対車線から、車が飛び上がって車のボンネットの上に落ちてきました。」と言った。すると警察の人は、「真面目に話してください。」と言った。母が冗談を言っているのだと思ったのだ。母は再度、「私たちは事故に遭い、被害を受けました。」と、わかる範囲の状況を説明した。警察は、父と母が電話する前に、他のドライバーから一斉に事故の電話を受けており、「反対車線を走っていたトラックが倒れてきた」とか、「何か大きなものが反対車線から飛んできた」という情報は入っている、と言い、事故が起きたことをようやく理解してくれた。それから母は、警察の人から高速道路の分離帯に付いている地点を表す数字を聞かれたが、母は高速道路にその数字があることすら知らなかった。警察の人は母に車のドアを開け、車から出て、その数字を確認しに行くように言った。しかし母はシートベルトが体に食い込み、身動きが取れる状態ではないと、警察の人に携帯電話で説明したところ、母は警察の人に「車のシートを少し後ろにずらすと、シートが動きます。そんなこと常識です。知らないのですか!」と電話で怒られてしまった。突然の出来事で、煙で周りがまともに見えない中、私たちは必死だったのに…。結局母は外に出ることができなかったが、周りの風景から、私たちがどの場所で事故に遭ったのかわかっていたので、それを明確に説明した。

 そこから警察は母に、家族の怪我の確認をし始め、救急車は何台いるかと聞いた。母は、私たち子ども達が顔から出血していたので、私たちのための救急車と、事故を起こした相手のための救急車2台をお願いした。

 相手の車は最初父の車のボンネットに当たり、バウンドして、車の天井に当たり、次に車の後部座席の後ろのガラス面に当たり、高速道路の壁面にぶつかり、潰れていた。父は、相手の車が天井にバウンドした時、頭から腰にかけてつぶされ、頭と腰に相当な痛みがあったが、かなり冷静に、しっかりとした受け答えで警察の人と話していた。

 しばらくし、高速警察隊が来た。現状を見たとき、警察隊は、父が同じ車線を走っていた相手の車に、後ろから追突し、事故を起こしたと勘違いした。警察隊は父に、「何キロのスピードを出し、事故を起こしたんですか!」と激しい口調で怒り、母には同じように、「ご主人はどれくらいのスピードで、どんな運転をしていたんですか。」ときつく質問をしてきた。父と母は何回も、反対車線から車が飛び込んできたと説明をしたが、なかなか信じてもらえなかった。

 警察は、始めは私たちに非があって事故を起こしたのだと思っていたが、反対車線のウォータードラムが激しく潰れた状況と、反対車線の分離帯の壁面に付いた相手の車のタイヤの跡などから、実際に、反対車線から車が飛び越え、飛んできたことをようやく理解してくれた。

 しばらくすると警察と救急車が来た。父は、警察は自分が対応するので、母と私と妹は、救急車で救急病院に行くように指示をした。妹は歯が神経から折れ、ずっと泣いていた。そんな妹を見て、救急隊の人は、「歯はまた生えてくるから大丈夫、泣かないで。」と言ったのだが、言った後母の顔を見て、目が合った瞬間、目をそらした。私は(おいおいこの人、救急隊でこんなうそを言って…)と思った。妹は当時15歳だったが、歯が折れたことがあまりにもショックだったのか、その言葉を聞き、一瞬泣き止み、母に「ママ本当?」と確認をした。母は首を小さく横に振った。救急病院で、救急隊の人が言った言葉が嘘だとわかり、妹は痛みと共に「救急隊員の人は、私に嘘を言った」と怒っていた。

 私は頭を強く打ち、唇も噛んでいたので、左側のおでこから目にかけ、噛んだ所の唇も同様に、どんどん青紫色に腫れてきていた。救急病院に着いて、私はCTなどを撮り、妹もレントゲンを撮ってもらうなどし、簡単な治療を受けた。母は眼鏡がつぶされ、呼吸する時の胸の痛み、全身打撲の痛みを訴えていた。胸の痛みは肋骨が骨折していたからだった。

 父も、後から救急病院に駆けつけてきた。事故に遭ったのは夕方の6時半頃だったが、全員で家に着いたときは夜中の12時半を回っていた。家に帰ると、真っ暗の中でお腹を空かせたわんちゃんが、飛びついてきた。愛犬に、帰るのが遅くなったことと、ご飯が遅くなってしまったことを謝り、晩御飯をあげた。

 私たち家族の全身には、飛び散った車のガラスの細かい破片がついていた。特に、髪の間、頭皮に細かいガラスの破片が刺さっていたため、父は、私と妹の頭を念入りにチェックし、掃除機で頭から足の先まで掃除機で吸い取った。

 それからしばらくすると、高速警察隊から電話があり、家族一人ひとりの今後の事情聴取の予定の話があった。

 事故の相手の人は19歳の職人さんだった。常識であれば、シートベルトをしていれば命が助かるのだが、その人はシートベルトをしていなかったために、父の車にバウンドし、高速道路の壁面に車が当たった時、車から放り出され、命が助かった。もしシートベルトをしていれば、車ごとつぶされ、即死だったそうだ。

 1ヶ月が経ち、相手の方が回復した後、両親に謝りにいらっしゃった。相手の方は父の患者さんだった。(父は整形外科を経営している。)この年の6月に母の兄が、49歳の若さで過労死し、人の命の大切さを感じていた母は、命を大切にして、お母様をかなしませないでね、と相手に話した。

 もう一つ、警察の方の対応が面白いな、と感じたことがある。相手の車が父の車の上に落ちてきた時、フロントガラスにヒビが入り全く見えない状況の中、父は左側にハンドルを取られ、目の前に高速道路の左側の壁面が見えたため、咄嗟にハンドルを右に切り、必死でブレーキを踏んだ。父はその当時大型バイクを趣味にしていたため、ハンドル操作がうまく、絶妙なバランスで、高速道路の車線の真ん中に、きれいに車を止めることができた。最初怒っていた高速警察隊は、道路に付いたタイヤの跡から、父が起こした事故ではないとわかったとたん、父のハンドル操作の技術をほめたそうだ。

 父の車は購入してまだ10ヶ月足らずであった。父が、自分へのご褒美にと、高級車を買った。父の車は、ボンネットとエンジンの間に鉄板があったため、相手の車がボンネットの真上に落ちても、車が炎上せずに、助かった。

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