内田樹『街場のメディア論』(光文社新書)

【Y.R.】

 メディアは凋落の一途をたどり、世には他人事のように語られる批判の声が氾濫。メディアを発信する側は受け手の「知性の不調」を訴え、その反面、市民はメディアの影響を受けてどんどんお客様化・クレーマー化する。そこに感謝の念や、労う気持ちは、ない。なんという悪循環。本著は、その真の原因について、キャリア、メディア、教育、医療、書籍など、さまざまな視点から考察している。一見、メディアに関係があるのかと疑問に思う項目も、著者の手に掛かれば胸にすとんと落ちること請け合い。オリジナリティに富んだ論が展開し、世に溢れては騒がれているメディア論を次々と斬っていく。

 メディア衰退の原因は、インターネットの普及や経営の手法にあるのではない。テレビはテレビ、新聞は新聞、とそれぞれに重要な役割があるのだ。では、どこに原因があるのか。それは、発信する側の「知性の劣化」。たとえば、患者は看護師から「患者さま」と呼ばれ、商取引モデルを実感、消費者的にふるまうことを義務づけられる。液晶からは、誰もが言いそうで、誰もその言責を引き受けない言葉が漏れ、本当に大切なことを見失う。書き手が読者に対し、「安く・読みやすく・娯楽的なものを求めている」という先入観を持つ。こうしたレスペクトの欠如で、出版危機に拍車が掛かる。受け手も送り手も、このままでは、いけない。

 本著を読み解くことで、問題を分析し、考えた暁には、人間本来の在り方やコミュニケーションの真実が見えてくる。メディアについて考察していたことが、私たちの日常に置き換えられ、押し迫ってくる。客観性を失い、世論にまみれる大衆となるのも、自己を見極め、他の誰でもない存在として「真に個人的な言葉」を発するのも、個人の選択次第。読後、あなたはこれからの時代を生き延びるヒントを得ているだろう。

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