内田樹『街場のメディア論』(光文社新書)
【K.T.】
本書は神戸女学院大学の「メディアと知」という講義内容を書籍化したものである。メディア業界への就職を想定した学生たちを対象に、著者は様々な角度からメディアについて切り込んでいく。その語り口は巷に溢れかえった「メディア論」とは全く異なるものであり、それによって業界の問題が次々と明快に論破されてゆく。
例えば、第一講で学生たちに対してまず発せられた忠告は、「適性の先に自分にぴったりの天職があるのではない」ということだ。適性とは、仕事をする中で見つけ出していくもの。著者は、子供ができてはじめて、涙を流すほど子供を愛おしく思う「父性愛」を持つ人間であることに気がつき、その能力を「開発」した。これは就職活動においても全く同じで、働いてはじめてそこで自分の適性や能力を「開発」するのだと指摘する。
この後、本書を読み進めると、テレビのニュースキャスターが「こんなことが許されていいのでしょうか」と眉間にシワを寄せていったかと思えば、次の瞬間「では、次、スポーツです」と笑顔に切り替わるという例も登場する。これは、著者の言葉を借りれば「こんなこと」の中に自分は全くコミットしていませんよ、という暗黙のメッセージが含まれており、これは報道人が口にすべきではない言葉である。だが、この言葉は私たちの生活ではなじみ深いものではないだろうか。なぜなら、毎日どのようなニュースを見てもこのような語り口で溢れかえっているからだ。
本書は学生に対するメッセージでもありながら、年齢層関係なく幅広い読者に向けて、メディアに属する彼自身がメディアの危機に陥った要因を解説していくという構図になっている。それゆえどんな読者でもメディアの構造や落とし穴を理解するきっかけとなり、同時に、それについて立ち止まって深く考えてみることが出来る一冊だ。