内田樹『街場のメディア論』(光文社新書)
【Y.M.】
本書は神戸女学院大学の「メディアと知」の講義内容を書籍化したものであるが、内容は決してメディアに限ったものではない。むしろ私たちの身の回りに寄り添った問題(キャリア教育、出版、読書などの現状)や、それらが及ぼす影響を、時には理論的な時には実際的な語り口で網羅している。つまり、メディアの不調はメディアだけの問題ではなく、私たち自身の問題でもあり、もはや傍観者ではいられないのである。問題を抱えている今だからこそ、本書が自らの身辺を見つめなおすきっかけとなるだろう。
本書の中で重要なトピックの一つとなるのは、「贈与経済」である。「本を書くのは読者に贈り物をすることである」という著者は、「贈与と、それに対する感謝の気持ち」という一見あいまいなものを使って、次々に論を進めていく。著者は、贈与経済において「わけのわからないものこそが最高の贈り物」であるという。なぜなら「何を見ても、これはもしかして私宛ての贈り物ではないか?」と考えることができるからであるという。
モノの価値はモノに内在しているのではなく、その贈与を受け「ありがとう」と感謝する人が現れ、初めてそこに価値が生まれる。受け手である私たち次第で価値を無にすることも、生み出すこともできる。あいまいに感じるこの「贈与と、それに対する感謝の気持ち」こそが、どんな物事にも基盤となる「確固たるもの」だと、思わずにはいられなくなってしまう。 本書は、次々と新しいトピックが出てくるので、一見断片的に見えてしまうかもしれない。しかし読み終えた後には、繋がりを感じ、物事の見え方や距離感に変化が生まれる。
どんな物事も「これは私への贈り物かもしれない」と勘違いする力こそ、これから私たちが生き延びるためのコンパスになる。本書で勘違いから始めてみてはいかが?