内田樹『街場のメディア論』(光文社新書)

【A.M.】

 テレビの視聴率の低下、新聞の部数減少、出版の不調や電子書籍の登場など「メディア」が抱える問題は数多く存在する。本書はそれらの問題を、私たちを取り巻く社会の「資本主義の市場原理」構造から解説する。

 本書ではメディアにかかわる様々なトピックを扱う。先ほど述べた、テレビや新聞、出版の抱える問題、そこからさらに論理を展開し、クレイマーや教育医療現場の問題、贈与経済などについても述べられる。

 現在の私たちの生活は、できるだけ安価に仕入れ、高い利益を求めることを追求する「資本主義の市場原理」で成り立っている。著者は、物を売り買いする場だけでなく、メディアや病院、教育現場でも市場原理が当てはめられているという。

 この市場原理を内田は本書で批判する。メディアも医療教育現場も本来は金儲けのために存在するのではないというのが理由だ。ビジネスで語られるべきではない現場に、どうして市場原理が当てはめられるようになったのか。当たり前に享受している世の中の構造を、一つひとつ解体し解説しているのが本書である。

 その多様なトピックの中で内田が一貫して述べているのが「メディアの問題は私たちに深く関わっている」ということである。メディアだけに問題の原因があるのではなく、私たちも原因の一端は担っているというのだ。つまり、これが筆者の言葉でいう「メディアの不調はそのままわれわれの知性の不調」なのである。

 一冊読み終えると、メディアの危機論が他人事でなくなる。メディアの問題とは、私たち自身に起きていることだと気付かせてくれる。無意識に生きている世の中の構造に意識を向けるためにも、ぜひ一度読んでほしい。

 なお本書は、著者の大学での講義を録音し、編集したものである。文中の優しい言葉遣いは、まるで著者から直接語りかけられているようだ。

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