内田樹『街場のメディア論』(光文社新書)
【H.R.】
本書の第一講は、「みなさん、こんにちは。この授業の第一講のお題は『キャリア教育』です」という言葉から始まる。この二文を読むだけで、本書がただ単にメディアを批判するだけの内容ではない、ということがわかるだろう。メディアの凋落の原因は何なのか、メディアの未来はどうなってしまうのか。メディアに対する意識を大きく変容させ、さらにメディアの凋落はその関係者だけの問題ではなく、私たち自身にも深く関わっていることに気付かせてくれる一冊である。
「現代人は『社会の諸関係はすべて商取引をモデルに構築されている』と考えます」と、著者は主張する。市場原理の考え方が、現在の社会には蔓延しているのだ。もちろんメディアもその影響を受けている。関係者たちは「メディアはビジネスだ」という信憑を疑わない。著者は「社会が変化しないとメディアに対するニーズがなくなる」と述べ、メディア関係者は全ての変化をよいものとみなすと指摘する。変化を求めて「変えないほうがよいもの」から目を背け、メディアをビジネスとして成立させようとしているのだ。
読み進めるにつれ、このような信憑や変化を求める姿勢は、私たち読者と決して切り離すことのできない問題であることに気付くだろう。教育現場や医療現場など、私たちは生活のあらゆる場面に市場原理の考え方を適用している。メディアの報道に惑わされ、変化することに跳びつく。当事者の私たちは、その事実に気づかない。著者はその現実を私たちに突きつける。
著者の言葉は、メディア関係者だけではなく直接自分自身に語られているかのようである。自然とそれらの言葉にのめり込んでいく。読み終える頃には、これまでよりも広い視野でメディアの報道を受け止め、簡単に惑わされることのない自分に一歩近づくことができるのではないだろうか。