内田樹『街場のメディア論』(光文社新書)

【Y.M.】

 「贈与論」の思考を軸に、メディアの危機について語ったのが本書である。新聞やテレビといった既存のメディアが凋落した原因について書かれているのだが、巷に流布する、「印刷メディアはもうおしまいだ。これからはインターネットメディアだ」という「定型的なメディア没落論」とは一線を画す。

 著者の考えは、そうした表面的な論理に止まらず、情報を発信する側の“知的劣化”に原因があるとしている。発信者側は、メディアを経済論で解き、読者を消費者と捉えている。その思考の過程で経済の根幹を担う「贈与経済」について問うことが忘れさられているというのだ。また、情報を受け取る側も、自分たちが消費者と捉えられ、実際そのように立ち振る舞っていることに気づいていない。筆者はメディアが経済論をもって語られる現代であるからこそ、双方ともに「贈与経済」を忘れてはならないと警告している。

 こうしたメディアと贈与経済の関係を説いた、独自の視点がおもしろい。本書は、メディア危機の原因を探る中で、我々が生きる、現代資本主義社会のシステムが目前であきらかになるという経験をもたらしてくれる。「贈与と返礼」という、現代社会の、そしてコミュニケーションの根幹をになうシステムの存在。その存在を実感することで、未来を生き抜くすべを考えさせられるだろう。

 前代未聞の事態を「自分宛ての贈り物」と捉え、そこから最大限の「価値」を引き出そうとする者だけが、危機を生き延びることができるという指摘は、メディアの危機以外にも、教育について、日々の生活について、様々なことに応用できる。著者が言おうとしていることを正確に読み取る必要はない。どのように「誤読」してもかまわない。まずは、本書を読み、それが「自分あての贈り物」だと考えてみることから始めてはどうだろうか。

総評(書評)/前期へ閉じる

Copyright(C)2012 Kobe College. All Rights Reserved.