「ボクの敵情観察日記」
(何言ってんだか、という笑いを、日常は意外に平和なものだ、とほっこりさせてみた。)
【K.M.】
あの子が帰ってきた。ボクの世界を乱すあの子。ボクが家族の1番で、家族はボクを中心に動いている。なのに、時たま帰ってきてはボクの世界を引っかき回して去っていく。そんなヤツが、どこぞの家を引き払って帰ってきたから一大事。だってあヤツが帰ってくるとロクなことがないんだ。
この間なんか朝の散歩が短縮された。パパがあの子を送っていくからって。大好きな散歩が短くなっただけでもショックなのに、それより何より許しがたいのは、パパがボクの朝ごはんを忘れよったことだ。大好きな、大好きなご飯を! 1日2回の内の大切な1食を食べ損なうなんてあってはならない。でも、パパは忙しいからご飯の時間が遅くなっただけかと思って、ボクは健気に待ってたんだ。それなのに、ご飯を持ってきたパパは言ったんだ。“ごめん、ごめん。いつもと朝のペースが違うからすっかり忘れちゃってたよ”って。ボク命のパパが、ボクのご飯を忘れるなんて今までなかったのに。ボクのパパを惑わすなんて、あの子は魔女にちがいない。きっとボクの可愛さに嫉妬して、パパを奪おう作戦に出たんだな。でも、そうはさせない。みておれ、この魔女! 正体を暴いて、ボクの平和を取り戻してやるからな!
それにしてもパパもママもあの子に夢中なのはなんでだろう。あの子は頭がおかしいじゃないか。だって、いつも変な言葉を発している。ボクは耳がいいから何でも聞こえてるんだ。“今日はごろんちょデー”、“あとはブンブンするだけ~”。でも、このわけのわからない言葉を、ママは理解できるらしい。ごろんちょに対して、“掃除でもしたら?”、ブンブンに対して“ママも使うから置いといて”と返答しているんだから。
あの子の変人ぶりはそれだけじゃない。朝は“おはよう、ルーキー!”とボクを呼ぶのに、時間帯やボクの行動によって呼び方が変わるんだ。“ルルタ、おやつだよ!”って。ボクを舐めているとしか言いようがない。それに、ボクがおしっこすると“ション太郎”と言い、そそうをしたら“タレ蔵”って言うんだ。まだまだある。散歩の時間を伝えるために鳴いたら“サンドラ”って呼び、お昼寝中は“ごん・ルルタ”って。わけがわからない。大丈夫なのか、あの子は。ボクの名前を認識しているのか否か謎で、謎で仕方がない。あの子がボクより勝っている所が見当たらない。チンプンカンプンだ。“ルーキー君の勝利です!”と鼻高々に言いたくなる。
でも、毎日あの子を観察しているせいだろうか。ブンブン、パタパタ、ごろんちょ、ごそぴー、ルーキー、ルルタ、ション太郎にタレ蔵。音の響きが耳に残る。それに、ボクの観察力はなかなかのものだから、ブンブンはドライヤーのことで、ごろんちょは、家でのんびりしていることだと気付いた。それに、行動パターンも読めてきたんだ。ごろんちょしている時は、“おいで、ルルタ”と、おやつをいっぱいくれる。おしっこしちゃった時は、“ション太郎になって~”とトイレをキレイにしてくれる。だから、ついついおしっこする時に、あの子の顔を見ながらしちゃっているボクがいる。“ほら、ション太郎になってるよ!”って。
ん!? ボクはいつの間にかあの子のペースに巻き込まれてないか? あの子が発する言葉のリズムに聞き入って、次は何をするのかと行動を追っちゃっている。はっ! ボクは耳がいいからって音の魔法をかけたんだな!? 知らず知らずの内にボクもあの子の魔力にやられてたなんて。いや、そんなはずはない。仮に、ボクは魔力にやられてるとしても、見破ったんだから、あの子よりも上なんだ! 決して負けたわけじゃない。
正々堂々かかってこい、魔女め!と言いたいところだけど、でもね、“ルルタ”って呼ばれるのは嫌いじゃない。ちょこっと好きなおやつをくれるし。それにね、正直、パパが仕事から帰ってきて、夜ご飯までにハラへらしになってるんだ。だからおやつタイムがなくなると可愛さを保っていられない。あの子が好きなんじゃなくて、おやつが好きなんだ。好きな物のためならしょうがない。もうしばらく魔力にかかった振りをして、あの子に付き合ってやろうかな。
ボクの名前はルーキー。通称ルルタ。たまにション太郎になったり、タレ蔵になったりする。大好きなことは散歩。もっと好きなのはご飯。そして、あると嬉しいのがおやつタイム。敵情調査の結果、あの子が、ボクをよく見ていることが判明。あまりのボクの可愛さに、あの子もメロメロになっているということだ。だから、ボクの行動に合った呼び名を呼んでくる。つまり、ボクから目が離せないってことだ。可愛いヤツめ。素直にボクの魅力を認めればいいものを。でもまぁ、向こうがボクを慕ってくれているなら、ボクもあの子の言葉遣いを参考にしてやってもいいと思ってる。ワウンワウン、散歩の時間だよ。キュンキュン、お腹がペコリンだよ、ってね。よし! これでパパとママの心を鷲掴み間違いなしだワン!