「父親の涙を見たことがありますか?」

(ほんわか→悲しい)

【K.A.】

 私の父はどこか、「普通のお父さん」とは違っているように感じられてならなかった。仕事はサービスエンジニアで、いつも作業着を着て出かけていく。出勤の交通手段は車で、私が朝目覚めると、すでに家を出てしまっている。スーツを着て、朝ご飯を一緒に食べて、電車に乗って出勤するという、私が抱く「普通のお父さん」像とは大きくかけ離れている。

 アウトドアが好きな一家で、よく山や川やダムに遊びに行った。今でもお盆の時期には香川にある祖父母が暮らしていた田舎にみんなで帰る。田舎すぎてなにもない。そんな場所に一週間も滞在する。現代っ子なら監禁されていると感じてもおかしくないところだ。だが、その家は祖父が育った家で、当然父も毎年帰省していた。それが理由で自然を愛する人なのかもしれない。

 背が高くて、人相の悪い父は、自分のお父さんでなければ、「怖い」と思う。笑

 こんな風貌で、自転車の二人乗りをしている人を見ると、大きな声で注意するし、夜間にライトをつけて走行していないと本気で怒る。非常に強面(コワモテ)なのに、私の友達からはなぜか人気。「強モテ」というやつか。

 仕事熱心で真面目で、自然を愛し、つかめないところが多い人間だ。母から聞く話の中でも、なかなか驚きのエピソードが多い。

 おやじギャグとか言って呆れて相手するのが面倒になることもあるが、そんな父が大好きだ。世間でみられるようないわゆる仲良し親子ではないが、私を知る人は会話の中で、よく父の話をするのを聞くだろう。ただ私は、父がすごく笑っているところも、喜んでいるところも、怒っているところも見たことがない。彼は、素直な感情表現が豊かでないのかもしれない。

 父と出会って22年、印象に残っているのは祖父の葬式でのことだ。

 脳梗塞で倒れ、入退院を繰り返して二年後、私が17歳の時祖父は他界した。真夜中に病院から電話があり、そのことを知った。電話に返事をする父の声が暗闇に響き、表情を見ていないが、夜という空気がより一層悲しみに耐える様子を想像させた。

 葬儀会場には、普段見慣れない真っ黒のスーツを着て立っている父がいた。別人のように感じた。葬儀も終盤に差し掛かり、父が祖父への思いと、来ていただいた方々に向けた言葉を述べた。目元を抑え、鼻を赤くしてこらえるように話している父の姿は、いまでも目に焼き付いて離れない。父親の涙はどれだけ重みがあるものか。非常に印象的で忘れはしない。

 と、私がそう思った話を家族にすることはない。しかし、胸にしまいきれなかった感情を少しだけ誰かに聞いてほしかった。

総評(ショートストーリー)/前期へ閉じる

Copyright(C)2012 Kobe College. All Rights Reserved.