「電車にて」

【A.M.】

エピソード 1
(怖い話だけれども、腹立たしさを覚える話)

 女性専用車両は、土日祝と平日の早朝7時までは対象外である。

 ある土曜日の昼。専用車両に乗車している一人の男性がいた。50代くらいだろうか。 ガランとした車内。その男性以外は全員女性である。 電車のアナウンスがまもなく終着を伝えると、人は降車口の近くに集まり始めた。もちろん男性も。女性に混ざり、降り口付近に立つ。

 そのとき、キラッと光るものが私の目に入った。

 何が煌めいたのだろう。軽い気持ちで原因を探す。

 放たれた場所は男性の手のあたり。手には携帯電話を握りしめている。その前には女性が。スカートをはいている。

 もう一度、光った。カシャっという音とともに。光源も音源も携帯電話だ。 そうか。これが盗撮なのか。

 気付いてしまった。目撃してしまった。男性に対して、一瞬で身体が火照るほどの怒りを覚えた。

 何かしなければ。 そう心は言うものの、身体が動かない。腹立たしさが、気付いているのに行動できない自分に対して向けられたものか、男性に向けられたものか分からない。

 終着駅に着き、ドアが開いた。撮られた女性は何も知らずに降車する。男性も。何事もなかったかのように、電車を降りる。

 気付いているのは私だけ。 私は走った。駅員さんに何とか伝えないとと思った。 電車で起きたこと、感じたこと、男性はどんな人で、どんな状況だったのか。

 一通り話を聞いて駅員はこう答えた。

 「現行犯で捕まえないと、僕は何もできません。」

 これを「盗撮」という。

エピソード 2
(怖いけれども笑える話)

 女性専用車両は、土日祝と平日の早朝7時までは対象外である。

 高校は朝7時から開門する。それに合わせて早朝練習を開始しようと、私は毎朝6時30分に電車に乗る。そんなに早い時間の電車に乗る学生は少なく、周りは会社勤めの男性ばかりである。

 女性専用車両の前から2つ目のドアから乗ること。これがルールだ。破っても罰則なんかはないけれど、その場所から乗らなければ、一日何となくうまくいかない(気がする)。

 その日も例外でない。いつもの場所から乗車する。違うのは空気だった。

 酒臭い。月曜日の朝なのに。まるで、金曜日の終電間際の車内のようだ。

 臭いの元を探す。しかし顔を動かす余裕はない。黒目が動く範囲内の視覚と、嗅覚と聴覚を研ぎ澄ます。 あの人だ。ドアのすぐ隣に、スーツを着た人の中に混ざって、酒を飲んで朝を迎えたような男性が乗車していた。充血している目が、薄汚れた洋服が見える。ごにょごにょとつぶやいているようにも思える。臭いの発信源はこの人に違いない。 あの人とは関わらない方がいい。なんせ相手は酔っ払いだ。何されるか分からない。いや、まあ、私から仕掛けなければ、相手も手を出さないだろうけど。酒の臭いは慣れるまでの辛抱かな。人間の持つ感覚器官で「慣れる」ことができるのは嗅覚だけらしいし。なんて思いながら、何事もなかったように目的の駅まで過ごした。 電車は私が下車する駅に到着した。一緒に乗車していたサラリーマンは終着点まで向かうが、私は途中で降りる。スーツの人の間を抜け、ホームに降りようとした時、もう一人、私の後ろに続く人がいるのを感じた。 「学生はいなかったのに、珍しいなあ。同じ駅で降りる人なんて。誰やろ。」 確認するより前に、慣れたはずの臭いが鼻を刺激する。 「あの人。降りる駅一緒やったんや。それにしても距離が近くないか。」 私の後ろにピッタリと貼りついているよう。距離がどんどん近くなる。 おかしい。何か。 私の肩に手が回された。ふり払おうと思うけれども、とっさのこと。何もできない。耳元には酒臭い息。 どうしよう。逃げられない。 私と酒気を帯びた男性を除いて周りには誰もいない。

「お嬢ちゃん、下にはいてるズボンの中に、スカート入ってるで」

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