「質量保存の法則」

(折り返し:自然科学における保存則「質量保存の法則」と、“想い”の「質量保存の法則」。)

【Y.M.】

◆質量保存の法則
化学反応の前後で、それに関与する元素の種類と各々の物質量は変わらない

 久しぶりに見る街の景色。大学4回生の私は、久しぶりに実家のある田舎へと帰ってきた。駅前から高校へと続く商店街は相変わらず人気も少なく、閉まったシャッターが目につく。少し見ないうちに、知らない店が増え、アーケードがきれいに作りかえられている。

 今回帰省した目的は、卒論の作成。農学部で学ぶ私は、水問題について研究している。


◆数理科学的アプローチ
様々な経験法則と、普遍的物理法則を組み合わせ、数式として表現する。この数式を当てはめ、事例を検証していく

 地元の大学で最先端の乾燥地研究を行っている友人に助言を求めてやってきた。

 高校時代にはよく通っていた、学校近くの神社で待ち合わせ。その神社は、ビルというにはあまりにも貧相な建物の間にひっそりと建っている。鳥居も低く、大股で二十歩も歩けば一周できてしまいそうな、小さな社があるだけだ。卒業して以来4年ぶりに訪れた神社はちっとも変っていない。変わっているとすれば、手入れが行き届かず、伸びきってしまった雑草くらいか。友人より先に着いた私は、一人鳥居をくぐった。社の奥から、ビルの間を抜けて、風が勢いよく吹いてくる。と同時にかつての思い出がふっと蘇った。

 部活が終わり、コンビニでアイスを買って、いつもの神社に向かう。明日は高校最後の大会だ。試合のポジションをどうするか。どういう作戦で試合に臨むのか。境内の日陰に腰かけ、ああだこうだと言いながら涼んでいる。と誰かが、明日の試合の為に神社にお参りしようと言いだした。小銭を握りしめ、賽銭箱の前に並ぶ。一瞬の静寂に、ふと振り向くと、鳥居の下に優しそうな目でこちらを見つめるおじさんが立っている。いつからか、私たちの様子を見ていたらしい。
「お嬢さんたち、この神社にお参りするのかい?」
「それはありがたい。おじさんがお参りの仕方を教えてあげよう。」
おじさんは、私たちにお参りの作法を教えてくれた。
「そうそう、お賽銭だけどねえ。五円を入れれば御縁があるし、百円を入れれば百倍いいことがある。でも、君たちはまだ若いけぇ、一円。一円は一番いい。」

 おじさんはにこにこ笑いながら鳥居から出て行く。私たちは言われた通り、みんなで一円を握り、お願いする。

 そういえば、そんなこともあったな。あのあと、見事予選突破して迎えた決勝戦前も、大学受験合格も、誰かの恋愛成就も、何かあれば、この神社で一円を入れてお参りした。みんなの間で、あのおじさんは神社の主と呼ばれるようになっていたが、あれ以来一度も会っていない。

 そんなことを考えていると、友人がやってきた。鳥居をくぐるなり、神社を懐かしがって、この“神社の主”の話を始めた。

 私はこの4年間、田舎に帰っていない。大切な場所だったはずの神社も、慣れ親しんだ街並みも、澄んだ空気も、何度も見上げた星空も、思い出は薄れて、なかなか帰省しないことにどこか後ろめたい思いがあった。でも…。
流れていく時間と、変わらないもの。
心的質量保存の法則。

 
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