「私のお姉ちゃん」

【Y.M.】

 「『ありがとう』と『ごめんなさい』は、ちゃんと相手の顔を見て言うねんで。」
恥ずかしがり屋な私に、姉がいつも言い聞かせていた言葉。

 私と姉は、7つ年が離れている。だからか、ほとんど喧嘩をしたことがない。姉は滅多に怒ることもない。私が姉のお菓子を勝手に食べてしまった時も、姉の宿題に落書きをした時も。いつも「しょうがないなあ」と言って、笑って許してくれる。誰よりも優しい姉のことが、私は昔から大好きだった。

 私が9歳のときのこと──

 学校から家に帰ると、お姉ちゃんの机の上で、赤いリボンのネックレスを発見。(今思えば、決して高価なものではなかったが)ほんまに可愛くて、きらきらしてる。私は、頭から無理矢理ひっぱって、つけてみた。鏡の前でじっと自分を見つめる。やっぱり、可愛い。この姿で、外に出かけたい。友達に自慢したい。うん、少しだけ借りよう。私は、そのまま友達の家へ出かけた。
「かわいいネックレスやなー。それ、どうしたん?」
「お姉ちゃんの! かわいいやろ?」
「ええなー。私もつけたい!!」「うん!」
ネックレスをつけた時みたいに、引っ張ってとろうとした。
ブチッ。「あ。」
ネックレスの紐が切れた。まずい。完全にちぎれた。テープやのりで繋げてみたけど、全然あかん。結局、直せんかった。友達はめっちゃ心配してる。でも、私は大丈夫って言った。絶対、お姉ちゃんは怒らんはずや。いつも「しょうがないなあ」って笑って許してくれるもん。家に帰る足取りは、重くなかった。

 「ただいまー。」
いつもより慌てたお母さんが、玄関で靴を脱ぐ私に言った。
「あんた、もしかしてお姉ちゃんのネックレス持ってる?」
「うん。ちょっと借りてん。」
「はよ、返しなさい!! お姉ちゃん、ずっと探しとったんやで!! あのネックレス、お姉ちゃんが好きな男の子に貰ったやつやねんで!!」
「え。」
そのとき、やっと自分の「つみ」の重さが分かった。好きな男の子から貰ったものが、どんなに大切かは、9歳の女の子でもわかるもん。私はさっきよりも重くなった足で、お姉ちゃんの部屋へ向かった。

 部屋に入ると、お姉ちゃんがごみ箱をひっくり返して探してた。
「お姉ちゃん・・・あんな、これ。」
私は、壊れたネックレスを見せた。お姉ちゃんは、何も言わず、じっとネックレスを見てる。私の顔、見ない。部屋の中が、しーんとした。
「もう、いらん。 あんたにあげるわ。」
「え? でもこれ、お姉ちゃんの・・」
私はお姉ちゃんに近づいた。
「もう、いらんって言ってるやろ!!」
どんっ。お姉ちゃんに押しのけられて、私は尻餅。ネックレスは床に落ちた。お姉ちゃんは、すぐ机に顔をふせた。私は泣きながら部屋を出ると、すぐ鍵を閉められた。

 お尻は全然痛くない。でも、初めて見た怒るお姉ちゃんと、怒らせてしまったショックで涙が止まらへん。お姉ちゃんに、きらわれた。そのことで頭がいっぱい。どうすればいいか全然分からん。しばらく部屋の前で立ってると、扉の向こうから小さな泣く声。それを聞いて、私はまた涙が止まらへん。

 あ。謝らな。今までお姉ちゃんに謝ったことなんてないから、ドキドキした。すごく怖くもなった。でも、このままは、あかん。それに、お姉ちゃんに教わった通り、ちゃんと顔を見て謝らなあかん。待ってみたけど、お姉ちゃんは部屋から出てきそうにない。
明日にしよう。明日、顔を見て謝ろう。私はそう決意した。

 次の日の朝、お姉ちゃんは私の顔を見てすぐに、
「昨日、ごめんな。痛かったやろ? ごめんな」って。私はびっくりして、「うん。」それだけ。謝られるなんて思わんかったから。悪いのは、全部私やのに。
「全然痛くなかったで。大切なネックレス、本当にごめんなさい。」昨日寝る前に何回も練習した言葉が、出てこんかった。私は、結局そのあとも「ごめんなさい」が言えんかった。
それからも、いつもと同じ優しいお姉ちゃん。あのネックレスは壊れたまま?直せたんかな?つけているお姉ちゃんは、見たことない。なんとなく気まずくて、話題にできんまま。お姉ちゃんも。
私が怒ったお姉ちゃんを見たのは、あの日だけ。

 いま、姉は28歳。今年の秋に結婚する。旦那さんは、高校時代の同級生。そんな姉に私から結婚祝いを二つ贈ろうと思う。
一つは、あの時より高価なはずの、赤いリボンのネックレス。もう一つは、すごく時間がかかったけど、今度こそ大好きな姉の顔を見て言うつもり。「ごめんなさい」と「ありがとう」の言葉を。

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