「夫婦喧嘩」

(悲しみ、恐怖→温かい気持ち)

【H.R.】

 私が幼い頃から、父と母は喧嘩が絶えない。しかも、かなり激しい。時には父が茶碗をひっくり返し、箸を投げ、時には母が父に向かって物を投げつける。それで済めばまだいいほう。酷いときには夫婦喧嘩が祖父母に伝染、家族戦争が勃発する。幼い兄と私の居場所はない。二人で身を寄せ合い、それがおさまるのを待つのみである。

 「いつ離婚するのだろうか」「離婚したらどちらについていくのか」「転校はしたくない」 中学生ぐらいまでは、喧嘩のたびに本気で考えた。眠れない夜があったほど。その思いは学校にいても心の片隅から消えてくれなかった。高校生になると、少し成長。雰囲気を察知し、自分の部屋に身を隠す、という術を身につける。イヤフォンを大音量に設定し、できる限り現実から意識を遠ざける方法が一番効果的。

 大学生になり、一人暮らしを始めた。夫婦喧嘩に遭遇する機会は激減したが、それでも帰省のたびに必ず一度は行われる。もはや、恒例行事。今では、目の前で何が起ころうと関係ない。素知らぬ顔でテレビを見続ける事ができるほどだ。両親によって私は何事にも動じない精神力を手に入れた。

 6月、久しぶりの帰省。晩御飯を食べていると、なんだか雲行きが怪しくなってきた。お決まりの時間、スタート。
罵倒し合う二人。父が母をからかった。理由はそれだけ。母は腹を立て、中身の残っているビールの缶を地面に投げ捨てる。「なんなんよ!」 立ち去り際に一言。寝室に駆け込むと、そのまま出てこなくなってしまった。眉間にしわを寄せ、それを黙って見つめる父。

 私は黙々とご飯を食べ続けた。しかし、黙り込んでいる父のことが気になる。チラリ。
・・・父は石のように固まっていた。
「どうしたん?」 思わず声をかけてしまう。
「お母さんは本当に面倒くさい」 強気な発言。
「いつもあぁやっておらんなる!」 ちょっと困り顔。
「・・・でもやっぱりあれは言い過ぎたかな。出て来たらどうにかせんといけんなぁ。朝まで出て来んつもりかなぁ。なぁ、どう思う?」 猛反省中。
そんな父に適当な慰めの言葉をかけながら、晩御飯の後片付けを終える。
「許してくれるかなぁ・・・」 先ほどとはうってかわって、父、弱気。
その時、かすかに聞こえてきた寝室の扉が開く音。「お母さん、出てきたよ」
父、「緊張するな~」と一言つぶやき深呼吸。母の好きな紅茶をいれ始める。リビングに入ってくる母。父の手元をみつめる。流れる沈黙。
「紅茶いれたよ」 ぶっきらぼうな父。
「ありがとう」 これまたぶっきらぼうな母。

 あら、仲直りできたみたい。

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