「おじぃちゃんのアップルジュース」

(面白いが切ないストーリー)

【K.T.】

第一部

 私の名前はなっちゃんアップル味。工場と呼ばれる家で生まれて兄弟も沢山いる。私たち家族は顔も体も同じなのに、家を出る時には(人間はそれを出荷と言ってるみたい)、バラバラになって箱に詰められる。それぞれ自動販売機っていう新しい家に入るんだけど、いつかお腹の中のジュースが無くなったら「ゴミ箱」って場所で家族と再会できるかもしれないって隣のなっちゃん賞味期限2012年7月1日が言ってた。それが本当かどうかずっと気になっていて確かめたかったんだ。

 私は新しい家、自動販売機304─4号機の中で暮らしていた。ある日女の子がやってきて、私のいる自動販売機と隣の自動販売機を見比べて「こっちの自販機のほうがいいわ」 って言ってるのが聞こえた。必死になって「私を選らんで!」 って叫んだら、女の子が「あ! おじぃちゃんこのアップルジュース飲んでた!」 ってボタンを押してくれて、わくわくドキドキしながら外に飛び出していった。 その子と一緒にいたら、「お母さんこの冷蔵庫使っていい? いいよな? 入れとくわ」って声が聞こえて冷たくて、暗い新しい家に入れられたの。しばらくしたら戻って来て、お腹のジュースを飲んでくれた!

 ついに、次に向かうは「ゴミ箱」。本当に知りたかったことを確認する時がきて、心の底からドキドキした。そこで、今まで会ったこともない、いろはすっていうバリバリいうほど身体が柔軟な子や、すっごくずっしりした色黒のオロナミンCっていう子と友達になった。新しい友達の下のほうに、微かに見えたなっちゃん賞味期限2011年12月30日がいるのを見つけた瞬間、自分は世界で一番幸せななっちゃんだと思った! あのなっちゃん賞味期限2012年7月1日が言ってたゴミ箱での家族との再会は本当だったんだ!

第二部

 私の名前はトモ。今日は祖父の七回忌。昨日の夜、母に「明日は朝の11時に、お寺で現地集合やから遅れんといてな」と言われた。母と祖母は先にお寺に向かって用事があるそうだ。10時45分に家を出れば間に合うと思っていたが気がつくと10時52分。やばい。遅刻だ。

 小走りでお寺に向かっていると携帯が鳴った。発信者「お母さん」。怒られるかもしれない・・・。「もしもし? 何? 今向かってるとこやねんけど・・・」 「もしもしトモ? お母さんジュース忘れてしまってん! あぁもう家で出てんの? じゃあもういいわぁ」 電話は一方的に切れた。

 iPhoneにうつった時刻は10時55分。ジュース? 七回忌ってジュースが必要なん? 故人を偲んでなんかするんかな・・・。遅刻しそうだが自動販売機ならどこにでもある。祖父の好きそうなジュースを買って行ってあげよう。

 とりあえず発見した一つ目の自動販売機。炭酸飲料水ばかりで祖父が飲めそうなものはない。祖父が実際に飲むわけではないが、実際に飲んでいたもののほうが天国の祖父も微笑んでくれるに違いない。

 時計を見ると10時57分。二つ目の自動販売機を必死に覗きこむがこれもまた炭酸飲料水ばかり。三つ目の自動販売機でようやくなっちゃんアップル味を見つけたときは思わず「あ! おじぃちゃんこのアップルジュース飲んでた!」 そう声に出して叫んでしまった。おもむろに120円を取り出し、冷えた缶ジュースを手に入れる。

 時刻は10時58分。ウサインボルト並みの勢いで疾走して、お寺に向かうと奥に母を発見。「お母さん! ジュース買ってきたで! なっちゃんやったらおじぃちゃん喜ぶやろ?」 誇らしく言い放つランナーズハイの私。だが、母の顔色は変わらない。「ジュースいるってさっき電話でゆってたやん!」 右手に握りしめたなっちゃんはまるで水戸黄門のワンシーン。すると母が一言。「ジュースちゃうで、お母さんが忘れたのは数珠。じゅーず。」

 行事が終わった後、冷蔵庫からそのなっちゃんを取り出してゆっくりと飲み干した。天国にいる祖父にも笑われているだろう、そう思いながら。

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