「取り替える」
【M.A.】
「あー、リモコンの調子悪い」
1LDKのリビングに20代後半の女が一人。テレビからは、生気の感じられないぬいぐるみが踊っている映像が流れている。音楽は恐ろしいほど陽気だ。対して女の顔は無表情。
今日は仕事が休みなのだろうか。机の上には中の空いた缶ビールが並んでいる。その缶ビールは、窓から差し込む夕日に照らされている。女は机とソファの間で、左膝を立て床へ直に座っている。左手にはビールが半分ほど入ったガラスのコップ、右手には女の正面にあるテレビのリモコンをもっている。女はリモコンをテレビに向けながらいくつかのボタンを押したが、映像は何も変わらない。
「仕方ないか」
女は映像を変えることを諦め、コップに入ったビールを飲み干しながらその場を立つ。飲み終えるとコップを机の上に、リモコンは「燃えないごみ」と書かれたゴミ箱へ。その表情は相変わらず冷たい。
女は何もなかったように、隣のキッチンへ向う。リビングからキッチンまで約10歩。足取りはまだまだ正常で、一直線に冷蔵庫へ。
「飲まなきゃ楽しくなぁ~い」
明るい声で独り言を呟き、扉を開ける。中は、缶ビール、缶ビール、缶ビール。
「一人だからこそ」
言い訳のような呟きをしながら、缶ビールたちは女の左腕の中へと包まれていく。鼻歌交じりに、おつまみおつまみ!!、と引き出しになっている冷凍庫に手をかける。
「確かこの間作ったてんぷらが残ってる、は、ず」
お目当てのものを探しているとき、異変に気づく。「…凍ってない」
冷蔵庫の温度と変わらない冷凍庫の中に保存された食材たちは、どこか重苦しい雰囲気を放っている。女はそれらをじっとみて、面倒だ、とだけ吐き捨て引き出しを閉める。
女は、リビングとキッチンの間にあるダイニングテーブルに向う。テーブルの上に腕の中にある缶ビールたちを置く。と同時に缶ビールたちの右隣に置かれた、ノートパソコンを開きインターネットを開始。
「一番安いやつでいいか」
早速冷蔵庫を検索し、クレジットカード決済をクリック。パソコンの画面には、ご購入完了の文字。「明日届くのか。中身も一緒に持っていってくれるかな」
プシュー。缶ビールを開け直接飲みながら、処分方法について考える。
ピロロロロロン。ノートパソコンの右斜め前に置かれた携帯電話が鳴る。女は気だるそうに右手を伸ばし、画面を見る。音はすぐやんだ。どうやらメールのようだ。ディスプレイには”彼氏”の文字。
件名:Re:
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別れよう
たったそれだけのメール。そのメールを読んだ女は、返信として“了解”とだけ打って送った。続けて携帯の中のアドレス帳に登録されている“彼氏候補1”と書かれた相手に“付き合って”とメール。「ストックもっといてよかった」と呟きながら、また缶ビールに口をつける。ついでに、と携帯を操作し“家族・母”と書かれた相手に電話をし始めた。
プルルルルルル、プルルルルルルル
『もしもし、A?』
「うん、元気?」
『えぇ、お父さんもFもこっちで元気にしてるわよ。』
「そう、ならよかった。」
『で、何のよう?』
「荷物。あれ、何?」
『あれって? …写真のこと? 見た? いい人でしょ!』
「もうそういうのやめてよ」
『もうあなたもいい年なんだし、そろそろいいんじゃないかと思って…』
「そういうのが迷惑なのよね、じゃあ」
通話終了のボタンを女は一方的に押し、会話を終えた。「これももうやめ時かな…」
女は再びパソコンを操作し、ブックマークしている「家族相談」のページを開く。でかでかと書かれた“一斉交換する”というボタンをクリックした。するとすぐに、彼女の携帯がなり、メールが送られてきた。
件名:家族交換完了のお知らせ
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交換ありがとうございます。
「父親:B、母親:J、妹:F」から「父親:H、母親:I、妹:D」になります。
以下は新しい家族の連絡先です。また何かございましたら、交換を行ってください。
父:○○●●●●、母:▼▼▼▽▽▽、妹:□■□□■□
家族交換事務局
“家族・父”に登録されている携帯のアドレス帳の番号を消し、メールに書かれていた“父”の連絡を書き登録。同じように母、妹も登録しなおす女。
作業を終え、ふーと長く息を吐き右側にある、ベランダに繋がる窓を見る。外はすっかり夜になっている。少しそれを眺め、缶ビールを左手に持ちべランダに向う。約5歩で到着。鍵を開け、スリッパも履かずに手すりに腕を置く。
景色は決してよくない。住宅街が立ち並び、遠くの方に山らしき黒い影がみえる。光は月と星と、女の後ろの部屋からもれる明かりだけ。
「なんだか寂しいなぁ…」
ポツリと呟き、部屋に戻る。ぬいぐるみの番組はとっくに終わり、今はニュースが流れている。ソファの横に置かれた箱のなかにあるリモコンを手に取り、テレビに向けた。その時、
『本日の地球人口は5,700人です』
アナウンサーが報告し番組は終了。女はそれを聞き、顔がパッと明るくなった。
「火星に引っ越そう。地球、私も捨てちゃえばいいや」
軽やかな足取りで女は玄関へ向った。