「不思議な声」

【T.M.】

 「久しぶり、元気かい?」
 「学校はどう?」
 「ほら、ここにいるよ」
 母とショッピングセンターに行き二人で買い物をしているとき、突然そんな声が聞こえた。初めは空耳かと思ったけれど、なぜかスーッと心に入ってきた。どこか聞き覚えのある声。考えてみるけれど、どうしても思い出せない。耳鳴りのような、なんか不思議な感じ。私はその声の方へと歩き出した。
 「なっちゃん、どこ行くの?」と、母は言う。どうやら母には聞こえていないらしい。困った顔つきでじっと私の事を見ている。
 「ちょっとね・・・あっ、お母さんは買い物していて。私は気になる本があるから、先に本屋さんへ行っているね」
 私はくるっと背を向けた。
 「えっ、ちょっと待っ・・・」
 そう母が言い終わる前に私はもうその声の主を探し始めていた。この声を聴いたのはいつだっけ? もう何年も前に感じるけれど、すごく懐かしくて、あれ、なんかあったかい気持ちになっている。そんなことを思いながら、周りをキョロキョロしてみたけれど、もちろん知らない人ばかり。(やっぱり、聞き間違いかな・・・)そんな不安との葛藤の中で歩いていると、
 「なっちゃん、なっちゃん」
 「ここだって! ここにいるよ」
 また、聞こえた。しかも今度は名前を読んでくれている。(どこ、どこ? 何で私の名前を知っているの?)謎ばかりが積もるだけで、何のヒントも出てこない。一方で足は走り出している。けれど走っても、走ってもその声には追いつけない。それどころか同じ所をぐるぐる回っているだけで、遠のいているような気がする。
 「走ったら危ないぞー! はは、元気そうでよかった。随分大きくなったな」
 「おっ、そろそろ行かないとな・・・それじゃ、また会おうー・・・」
 明らかに声は最初の頃より小さくなっていて、どんどん遠のいていく。どこに向かえばいいか分からないけれど、私は人込みの中を走っている。そんな私の姿を周りの人は不審に思ったのか、じろじろ見ているけれどそんなことは関係ない。どうしてもこの声の人を思い出したい。思い出さなければならない。ただそれだけー。
 「待ってよーー! 行かないで!」私はついに大声を上げた。大粒の涙と共に。けれど、それっきり返事はもうなかった。

 私の好きな音楽が流れている。遠くで誰かの声も。その声がだんだん近づいてきて、ガチャっという扉を開ける音とほぼ同時に
 「早く起きてよ~」
 ぱっと目が覚めた。涙が一筋ほほを伝っていた。
 「何だ、夢かぁ」
 落胆にも似たような溜息が口からついてでてきた。夢があまりにもリアルすぎてなんだか複雑な気持ちになった。現実なのか夢なのか判断できないような夢を見たのは初めてだった。かといって、もたもたしてられないので起き上がって、朝の準備を始めた。朝は時間との戦いだ。急いで準備を始めなきゃ、今日の予定は何だっけ、と手帳を開けた。

10月5日 レポート提出、放課後ゆみちゃん・さきとカラオケ(^O^)

 「レポートも入れたし、放課後は楽しみだな・・・あれっ。」
 そうだ、思い出した。今日は亡くなった祖父の誕生日。以前は5日を赤いペンで囲って“おじいちゃんの誕生日”って書いていたのにすっかり忘れてしまっていた。そういえば近頃お墓参りも行けていない。あの優しい声は大好きだったおじいちゃんの声だ。いつも優しくて「なっちゃん、なっちゃん」って呼んでくれてたのに。当たり前の日々を過ごす中で忘れてしまっていた。寂しかったのかな、だから会いに来てくれたのかな。今週の週末にはお墓参りに行こう。今度は私から会いに行くよ。
 「行ってきまーす」
 今日は一段と気分が良い。それもきっと夢のおかげだ。空は雲一つない最高の天気。きっと今日も頑張れる。

 また、夢に出てきてくれるかなぁ。
 また、会いたいなぁ。

 
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