「大いに切るもの」
【O.S.】
スー スー
ト、クン ト、クン
寝息と共に、一定のリズムを刻む穏やかな鼓動が聞こえる。
ぽっちゃりした愛犬のまるを枕に、聞こえてくる平和な音を子守唄に眠るのはすごく幸せだ。
こうしていると、ぼくが幼稚園の頃読んだ絵本を思い出す。
共に成長し、少年より先に年老い、太っていく愛犬のお腹を枕にすることが大好きな男の子と愛犬の絵本だ。ある朝目が覚めると、その愛犬は亡くなっていた。両親はものすごく苦しむが、男の子も悲しいが両親のように苦しむことはなかった。それは、その男の子が大切な愛犬に「だいすきだよ」と伝えていたから。生きているうちにしか伝えられないことを教えてくれる絵本。
愛犬のお腹を枕にして幸せを感じながら、いつもこの絵本を思い出し、泣きそうになる。今こうして、こんなにも一回一回しっかり心臓を動かし、呼吸をしているこの子がいなくなってしまったら、と。
こんなにも愛おしい家族でも、いつかいなくなってしまう。そう思ったことは、きっと誰にでもあるのではないだろうか。そう思ったとき、みんなどうしているのだろう。そう感じた気持ちを忘れて、また普段と同じように時間を過ごしていると気づいたとき、ぼくはすごく悔しくなる。もっと大切なものを大切にしたいのに。
ぼくは決意した。大切なものを失うとき、後悔しないようにしよう。さぁ、どうするか。決意したところで何をするか決めていない。
大切にするにはまず、気持ちを理解することからだ。でも、動物の気持ちを理解できる人間など、いるのだろうか。ぼくはいないと思うのだ。人間の幸せを動物に押し付けてしまっているような気がしてならない。そうだ。もっと、自由に生かしてやるのはどうだろう。……自由ってなんだ。あー、わからない。人間と動物は一緒なのか? いや、そもそもヒトも動物だ。でも、違う。動物であれば一緒なんて、そんなわけはないのだから。あー、わからない。とにかく大切に想って行動してみよう。
その日からぼくは、寒い日はまるを温めたり、暑い日はまるをうちわであおいだりした。でもなんだか大切にするのと違う気がして、もう一度考え直そうと、あの絵本を本棚の奥から掘り出してもう一度読んでみた。十数年振りに読んでみると、忘れていた内容があったことに気づいた。絵本の少年は毎晩愛犬に「ずっとだいすきだよ。」と言っていた。はっとした。ぼくは本当に大切なことを忘れていたのか。大切にすることは、すごく単純なことなのか。
絵本をもう一度読んだ日から、ぼくは毎日毎日、まるに「ずっとだいすきだよ」と自分の素直な気持ちを言葉にし続けた。大切なものを大切にしたいっていう思いを言葉にしたら、ぼく自身幸せになれる気がするんだ。今もぼくは、まるの寝息と鼓動に幸せを感じている。それがどれほど幸せなことか、まるがいるからわかるんだ。ありがとう、まる。ずーっとずっとだいすきだよ。