「ステキな勘違い」
【H.C.】
ガタンゴトンガタンゴトンー…
私が席に座ると電車は静かに動き始めた。個装されたチョコレートを取り出して、手早く口の中にほうりこんだ。目の前に小さな男の子とおばあちゃんが座っている。
(どこに行くのかな。今日、天気いいしなー。私もバイトなかったら遊びに行けたのに。)
そんな気持ちとは裏腹に、口の中でほろっと溶けていく甘さに頬が緩む。まあいいか。ポケットに包み紙をいそいそとしまう。
視線を感じた。顔をあげると男の子と目が合った。まじまじと私を見つめる真っ直ぐで大きな瞳。ぐっと引きつけられた。その途端、男の子が立って私の元に駆け寄ろうとした。
(なになになに。)私の体は一瞬後ろに下がった。しかし、男の子はおばあちゃんに腕を掴まれて座っていた場所につれ戻された。
「あんたー、どこ行くとねー。おとなしく座っとき。」
おばあちゃんにそう言われた僕の表情はすごく名残惜しそうだった。私も子どもは好きなので、心のどこかで男の子が来ることを期待していたのかもしれない。少し残念がっている自分がいた。手を軽く振ってみた。男の子は笑顔で手を振りかえしてくれた。何度か目が合い、その度にその子は笑顔だった。やっぱり可愛いな、子どもって。
最終の駅に着いて、私は立ってドアの近くまで移動した。ドアが開くと同時にポケットに突っこんでいた私の左手が、もうひとつ、チョコレートを掴んだ。
「あっ。」 思わず、声がもれた。その瞬間、人の流れに押されて私は駅のホームに降りた。少し、歩いたところでぱっと振り返った。僕とおばあちゃんはいなかった。
チョコレート。渡せばよかった。にぎっていた左手をそっと開いた。またいつか。
プシュー…ガチャン
その音で僕は目が覚めた。人がたくさん乗ってきたみたい。目の前の空いていた席に女の人が座っている。今日は、おばあちゃんとお出かけ。でも、遊びに行くんじゃない。病院にいるママに会いに行くんだ。(早く会いたいな。早く着かないかな。)そんなそわそわしている僕だったが、ある物を見つけてしまった。チョコ。目の前のお姉さんが美味しそうに食べている。チョコ…その瞬間、お姉さんと目が合った。しまった。こんなはずでは。目を反らそうとした僕の目の前に黒い何かが見えた。カラス。窓の外でカラスが電車に平行して飛んでいる。口には何かを加えている。あかいもの。お姉さんの頭に遮られ、カラスが見えない。じっと見ていると衝撃が走った。カラスが加えていたのは、キャラメルコーンというお菓子の袋だった。僕の遠足の定番お菓子でもある。信じられない。えっ。僕は反射的に電車の向かい側に身を乗り出した。
「あんたー、どこ行くとねー。おとなしく座っとき。」
僕の左腕はおばあちゃんに掴まれ、引き戻された。ぱっと窓の外を見たら、カラスはもういなかった。残念だ。ほんとに。僕のキャラメルコーンの行方は一体どこへ。おばあちゃんどうしてくれるんだい。溜め息が出そうになった時、目の前のお姉さんが手を振っていることに気が付いた。とりあえず振ってみる。笑顔もおまけで。あ。お姉さん笑ってくれている。そういえば、お姉さんさっきチョコレート食べてたな。僕と仲良くなったらチョコくれないかな。僕の中でのゲームが始まった。お姉さんをじっと見て、目が合ったら最高級のスマイル。寝そうになってもスマイルスマイル。全てはチョコのために。そうこうしているうちに最後の駅に着いた。お姉さんはさっと立ってドア側に向いてしまった。チョコレートをもらうという僕のミッションは果たせなかった。残念。そんな僕におばあちゃんは言った。
「お母さんに何か買って行ってあげようかー。」
僕は、すぐさまこう答えた。
「チョコレート!」